アクセスカウンタ

プロフィール

ブログ名
誠実営業
ブログ紹介
誠実な営業に基づくお客様との信頼関係こそが、最も営業成績を高める

zoom RSS

一枚の切符 (A Ticket to Ride)

2017/12/19 14:59
「あん」という映画を数年前に見た。見事な「餡」を作って、停滞するどら焼き屋の店長を助けて人気店にする、そうした役回りの高齢女性を樹木希林が見事に演じていた。人生がねじれきってそのどら焼き屋の雇われ店長に行き着いた男を演じたのは永瀬正敏で、屈折しきった男の心情を、これもまた見事に演じていた。ストーリーはそれでハッピーエンディングにはならず、やがてその店の店主である女性が、その高齢女性がハンセン病(ライ病)の隔離病棟に住む患者であることを知り、店に来させないように店長に指示を出す。店長はそれを、自分にひとつの人生の光明を見出させてくれた高齢女性に言うのが忍びないのだが、そうこうしているうちに女性は店に来なくなる。そしてその女性を店長が隔離病棟へ訪ねると、その高齢女性は既にがんで世を去っていた、確かそんなストーリーだった。

ヨーロッパ、アメリカ、中近東、インド、東南アジア、いろいろな国から来る方々を通訳ガイドのアルバイトではお世話しているが、お客様の方から日本の映画で見たものとして口に出されるものが二本ある。一本はリチャードギアが主演した「ハチ」、言わずと知れた渋谷駅のハチ公を題材にした日本映画のリメイクである。もう一本は、これはヨーロッパやアジアの方から言われることが多いのだが、上記した「あん」という映画である。「ハチ」については、主人が帰ってこなくなってもあれだけ長い間待ち続けた行動に感銘するのは万国共通のようだ。渋谷へ買物なり、スクランブル交差点なりを見にお連れすることも多いから、そういう中で自然に「はち」という映画の話題を出されてくるゲストが多い。

それに対して「あん」の場合は、「こんがり焼きあがったパテの中に、何か黒いものが入っているお菓子、あれは何というお菓子ですか?」とか、「パテの中に、何か甘いものが入っているお菓子、あれは何でできていますか?」などという質問を受け、「ああ、あれはどら焼きとか大判焼きと言います」、「ああ、あれは小豆を砂糖などと一緒に煮てペースト状にしたものです」などという答えを言い、その後、「どうしてそういう質問をされるのですか?」とこちらから聞くと、「ハンセン病患者の高齢の女性があのお菓子の材料を作る映画を見たのです。食べてみたいので」と言われ、それで映画「あん」をご覧になったことがあることに気づくということがほとんどである。

そんなことで、そういうお話をお聞きした方には、旅の途中でできるだけおいしい「餡」が食べられるお店を紹介することにしている。例えば鎌倉などだと、鎌倉駅を背にして小町通をちょっと歩き、右へ折れて鶴岡八幡宮の二の鳥居へ出る途中右側にあるたい浪花屋さんなりを紹介して、一緒にたい焼きをほお張ったりする。めちゃここのたい焼きの餡はうまい。画像

あの映画、私も見た時は非常に感銘を受けた。ライ病差別を先鋭的に持ち出してきた映画ではなかったのだが、あの老いた女性の人となりとその優れた技術を最初に映画は見せてくれるので、結果としては、「こんな立派な女性をずっと隔離所に閉じ込めておくなんて、なんという酷い差別を行ったのだ!」と受け止めることとなる。

だから外国のゲストも、「ライ病差別を描いた映画がありましたよね」とはお聞きならず、「パテの中に、何か甘いものが入っているお菓子、あれは何でできていますか?」などという質問を私にされるのだと思う。「あの女性が丹精込めて作ったあのお菓子を食べてみたい」、そういう気持ちなのではと思う。

そんな経験を通訳ガイドでおりおり経験する中で、瀬戸内海の島にあるライ病棟に10歳の時に隔離され、70年以上を過ごしてこられた在日韓国人二世、崔南龍(チェ・ナムヨン)さんという方が書いた「一枚の切符」という本があることを知り読んだ。

昔は、癩病者を出すと、その者がこの世から消えるか、生きながらえれば一家が周囲の偏見差別で村八分にされた時代であった。かてて加え、植民地支配による強制連行や、炭鉱などでの過酷な労働と貧困と無知によるものか、日本に住む朝鮮から来た人たちのハンセン病罹患率は日本人の十倍に上ったそうである。

今でこそハンセン病は不治の病ではなくなり、隔離を決めた「らい予防法」は既に20年以上前に廃止されている。しかし、その時点では既に人生のプライムタイムを瀬戸内海の病棟に隔離されて生きざるを得なかった著者は、淡々として病棟の施設、生活、暮らしぶりを描き出していく。あるいは、菊池事件を始めとし、ハンセン病患者が受けた数々の不条理に対抗して闘った歴史を、これも淡々として300ページの書籍に書き綴っている。
その冷静な筆の運びに、たいへんな差別の中を生きられた方なのに、よくここまで冷静に書かかれたことと感嘆した。ライ病患者を隔離して差別した歴史を見事にあぶり出した記録として、将来へ渡って残っていくだろうと思いながら最後まで読んでいった。ただ、そういう抑えた文章だから、読み進んでいくのが少しく根気がいる作業であった。

そして本の最後にたどり着く直前まで来たのだが、そこに「一枚の切符」という短編が配されていた。戦争が終わり、著者は偶然の経緯から故郷の関西への切符を他人からもらい受け、それで瀬戸内海の隔離等から奈良まで親戚たちの安否確認のために往復した経験を書いているのだが、その短編の最後、つまりこの本のほぼ最後に来ての5行を読んだところで、私は「あっ!」と声を上げてしまい、しばらくそこから先を読めなかった。衝撃を受ける5行だった。ネタバレみたいになるから書かないが、冷静に書かれた300ページだと思っていたのが、著者がひしひしと数十年にわたり耐えてきた差別を受ける悲しさが、その5行にどっと凝縮されて表現されていた。一枚の切符はいかようにも使えたのである。その切符でもって著者はハンセン病棟に帰ってきたのだが、その切符でもって、何ならそのまま病棟に別れを告げる手だってあったものを。。。
この作者はライ病棟の記録を残そうとして本をまとめたのだと思って読んでいたのだが、そうではなくて、文学を遺したのだと思った。

「差別」そのものに焦点を当てずとも、上記の映画は「美味しい餡」に焦点をあて、上記の書籍は「切符が持つ意味」に焦点をあてることで、逆に見事に「差別」そのものがあぶりだされていた。いろいろ秀逸な表現方法というものがあるのだと感じる。





一枚の切符??あるハンセン病者のいのちの綴り方
みすず書房
崔 南龍

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 一枚の切符??あるハンセン病者のいのちの綴り方 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


投資って一体何? (What is Investment?)

2017/11/18 15:21
昨日は半日、世界各国からの機関投資家向けに開催された不動産投資セミナーのお手伝いをした。世界中に事務所を持つ有数の資産運用会社が主催したセミナーなのだが、プログラムの一部として、都内にあるいくつかのオフィス物件を見学するバスツアーのお世話役だった。ビルの説明はその運用会社社員が行うから私は通訳する必要はなかったが、バスで動き回るものだから、移動時に見える車窓からの東京をガイド説明してあげてほしいという主催者側からの依頼でそれをしてきた。

見て回った物件は数百億円のものが主で、機関投資家代表の方々は熱心に物件を見ていたが、それを世話する資産運用会社の東京事務所で働く外国人社員は、結構ぴりぴりと神経を遣われていて、たいへんそうであった。それが証拠に、ツアーが終わって全てのお客様を滞在ホテルで降ろしたところで、その外国人社員の方が、「ああ、疲れた〜」と言って、バスのソファーにしばし横たわられたのである。

「投資物件」を売るという作業は、しかもそうした数百億円の物件を売るというのは、確かに神経をすり減らす仕事だということを、横で見ていて「たいへんだねえ」と思って同情した。他人事の無責任な言葉でその方には申し訳ないが、こちとら職人だから、半日通訳労働をきっちりと済ませて、それで御足を頂戴できるのだから、ストレスも無くありがたく、昨日は昨日でもうすでに完結して終わったのである。

翌日の今日土曜日の朝、とある大手証券会社の女性から電話がかかってきた。NISAという投資を促進する非課税制度が日本では2012年に創設されているが、来年2018年から積み立てNISAという制度が新たに始まるから、検討してみられてはどうかという電話だった。

私も過去には株など買ってみたこともあったが、そうしてみてわかったのは、そういうものを持ってみると、いちいち値が上がったり下がったりを気にしたりして、要は煩悩の塊になってろくなことがない、ということであった。よって今は、投資の利益なりが非課税になる制度と言われたところで、私にはそんなことはどうでも良いことである。

だから、「ああ、私には興味ありません」とお伝えした。そうしたところ、「確かにリスクを取らないといけないのは煩わしいですよね。では、定期預金にはご興味ありませんか?グループの中に信託銀行があって、通常の預金金利より高い金利になっていますので」と言われた。それで、「金利は1年もので何%なのですか?」とお聞きしたら、「0.1%です」とのことにて、「そりゃあ金利があってないようなものです。そんなものをいかにも特別メリットがあるように言わないでください。そのくらいの金利分配額を得ようとするなら、1日しっかり働けばそんな金利分ぐらいの金額は何とか稼げます」、とお伝えし、電話を切ろうと思ったら、その女性は次にはこうおっしゃった。「国債はいかがでしょうか?」

「日本の国債ですか?買うわけないでしょう。こんな借金漬けの国が発行して、それを日銀がじゃぶじゃぶ無節操に買い支えているような代物、怖くて買えるわけがありません」とお答えした。

そうしたら女性は、「では外国の国債はいかがですか?日本に比べて金利も高いですし」とおっしゃるので、「結構です。外国の国債を買えば為替リスクを抱えますので、そんなことを煩うのが面倒くさいです」とお伝えして電話をいよいよ切ろうとしたら、女性はこうおっしゃったのである。

「ではどのようにして老後に備えていらっしゃるのですか?」

もう電話を続けるのが面倒臭かったのだが、

「備えるも何も、誠に有難いことに65歳とはいえ心身ともに元気ですから、働いてお金を稼ぎます。働きさえできれば、たくさんのお金を誰かに預け、不安を抱えながらリターンを計算することなんぞより、よっぽど多いお金が入ってきます。働けば着々と毎日何がしかのお金がすぐに入ってくるんですから。だから心身ともに元気であれば、株式だの債券だの、投資信託だのにお金を預けるより、稼いだお金できっちりと定期医療検査を受け、友達と楽しく会食し、心の滋養になるコンサートへ足を運んだり、大いに笑って健康になれる落語を聞きに寄席へ行ったり、そして私の職業は通訳ですので、当然ながら自分の英語能力が衰えないように毎日英語の教材を勉強するのにお金と時間を使う、教養を高めるために多くの本に目を通すのに時間を使う、そうしたことが私にとって一番健全で、なおかつ確実なリターンをもたらしてくれる投資です。だから、あなたのおっしゃる投資の類と、私の考える投資は違いがありますので、もうこの辺で電話を終わりにしていただいて良いですか?」

ということで、先方も「わかりました」とおっしゃって電話は終わった。その間30分ぐらい(笑)。

いつの時代も、人のふんどしで相撲を取ろうとする輩は五万といるのである。いや、十万、百万ばかりが今の世の中(笑)。

「良い投資先があります」などということを聞かされたら、聞き流すことが一番健康の素だ。ラスベガスのカジノと同じだと思えば良い。最初ビギナーズラックで勝って幸福感に浸ることもあるやもしれないが、相手は金をまきあげることのプロである。どうせそのうち身ぐるみ剥がされかねないのがおちである(笑)。

今日心身ともに元気であって、家族も元気、空も青空だとしたら、これ以上の幸せはない。「投資」をするとしたら、汗水たらして働いて自分でお金を稼ぎ、そのお金をまた心身が健全であるようになることに使えば良いことである。繰り返すが、何もわざわざ長い時間リスクをしょってリターンを待つなどというまどろっこしいことをするよりは、働きさえできれば、すぐさまお金は入ってくるのである。

「江戸っ子は宵越しの金は持たねえ」との言葉がある。その言葉の背景を私は寡聞にして知らないが、実に賢い言葉だと感じる。

何やかやの投資商品を購入することではなく、働くことを繰り返しできるように自己のコンディションを整えるための時間とお金を使う、それこそが本当の「投資」なんじゃあないの。おいらはそう思うけどなあ(笑)。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


ホームレス (Homeless)

2017/11/15 20:11
先週は通訳ガイドのアルバイトで、東京での医学学会にフィリピンから参加された20名の医師のお世話を4日間した。その学会は日本語での発表もあれば英語での発表もあり、英語の発表を医師たちはお聞きになるが、日本語での発表の時間は会場を出て買物や観光をされる。それを通訳ガイドとしてお世話した。

2日目の朝、学会開始から1時間半にわたる英語での講演が終わったところで、午前中残りは日本語での講演ということで、数人の女性医師から「富士山を見ることはできないか?」との要望が出た。それでは昼食まで2時間あるとて、東京都庁の展望台へお連れした。新宿の超高層の都庁ビルには、北と南の2つの展望台があり、無料で地上202メートルからの眺めを楽しむことができるのである。

都心の学会会場から新宿へ団体バスにて移動、展望台がある都庁第1庁舎へはバスを横付けして第1庁舎と第2庁舎を結ぶガード下で降りるのだが、そこにはホームレスの方々の段ボールによる住宅が並んでいる。当然ながら外国からのお客様の目にはホームレスの人たちの段ボールハウスが目に飛び込んでくるので、バスでここに降りる際は、なぜホームレスの方々が生じてしまうのか、日本の社会保障制度も絡めて事前に車内で説明をする。ヨーロッパのお客様だと、「なるほど。よくわかりました」で終わることが多い。ところが今回のフィリピンのドクターたち、特に女性医者たちは随分と違った反応をなさった。

「何で家族の人たちが助けに来ないの?」

と、ひとりの女性医師が私に聞いてきた。それに対し私が、「いや、ですので今ご説明したように、家族と離れ離れにならないといけないような失業とか、離婚とか、何かといろいろな理由があって、もう家族との連絡も途絶えてしまった人たちなのです」、と答えたら、さらに3人ぐらいの女性医師が改めて、

「家族が助けに来ないなんて、そんな馬鹿な!」

と、いかにも私の説明が理解に苦しむこととして嘆息された。

それで私は、展望台へお連れして東京の街を眺めている間、随分と考え込んだ。戦前の大家族の日本だったらその確率は今よりは高いだろうが。。。フィリピンにはそういう大家族が随分きっちりとまだ存在しているのだろうか??

そうこうして3日目、上記の質問を最初にしてこられた女性医師が、「明日日曜日だから、ホテル近くのカトリック教会のミサに行きたいのですが、探してくれませんか?」と聞いてきた。フィリピンから来られたお客様だからカトリックの方がいるはずにて、当然のご要望と思ってすぐネットで検索したら、ホテルから徒歩20分のところにカソリック協会があった。そこにお電話して了解をもらったので、その女性医師に場所等をお教えしておいた。

4日目の日曜日、午前11時にホテルを出発して羽田空港の国際線ターミナルへお送りする予定にて、10時40分にホテルロビーに着いた。それから5分後ぐらい、教会をお教えした女性医師ばかりでなく、男女合計8名ぐらいがホテルに一緒に入ってきた。あれっと思って女性医師に「おはようございます。皆さん教会へご一緒されたのですか?」と聞いたら、「そうです。みんなでミサに参加できました。ありがとうございます」と、笑顔たっぷり幸せそうにお答えになられた。

それでふっと逆のことを思ったのである。私も100回以上は日本の方をお連れして外国を訪問してきたと思うが、週末日曜日に、キリスト協会なり仏教寺院を調べてほしい、祈りを奉げに行きたいので」と言われたことがあったかどうか。。。そういう経験が記憶の端に、残念乍らほとんど上がって来なかった。あるいは日本人は日本にいても、何度も頻繁に教会や寺院へ足を運んでいるだろうか、残念ながら疑わしい限りである。

ホームレスをどうして家族が助けに来ないのかを随分と不思議がり、日曜日に多くの人に声をかけてミサに出掛けていったこの女性医師、年齢は50歳台半ばくらいの方だったが、どこへ行っても私の後ろについて熱心に説明を聞く方だった。

この信仰深い女性医師は、フィリピンへ帰られて今、日本という国をどのような国として捉えられているだろか?

ひょっとして日本という国が、経済成長をしたは良いが、その一方で家族の絆の大切さをないがしろにし、信仰さえも簡単に捨て去ってきた国だとして捉えられているのだろうか。。。

彼女はわれわれよりも遥かに幸せな国に住んでいるのやもしれない。私たちは「欲に惑わされたお金の国」にいるのだが、彼女は「神の国」にいるのだから。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


新築建物と中古建物 (New Buildings and Existing Buildings)

2017/10/31 14:38
日光へ外国人グループをご案内することが月に2回ぐらいある。東照宮を見た後の昼食は、二荒山神社から歩いて下りてくればレストラン街はあるのだが、JR日光駅近くまで戻って解散し、自由にコーヒーショップやレストランに入ってもらうようにしている。レストランの数が多いことも理由だが、昼食後にJR日光駅舎を見学してもらえることも理由である。この駅舎、1912年(大正元年)に完成した築105年の建物で、中へ入ると実に落ち着いた雰囲気を味わえるのである。もちろん現役の駅だから入場料など支払わなくても入っていけるし、2階にある旧一等車客専用の待合室も自由に入って見学できる。この全面板張りの部屋を見ているだけで、何とも気分が落ち着くし、外国の方もここは随分と気に入られる。画像

先週その2階の待合室で、70歳のオランダ人女性客と話していたら、「この建物は古いけど素晴らしいですね。私、ポーランドに行ったことがあるのですが、その時見たたくさんの中古住宅の美しさを思い出します」とおっしゃり、その後に続いた言葉は、不動産業界にいた私にとって印象的な言葉だった。こうおっしゃったのである。

「日本では戦後ずっと木造住宅を、20年ぐらい使ったら壊してしまうというとんでもなく勿体ないことが結構多く続けられてきたと、東京の街を案内している際に説明してくださいましたね。経済成長の真最中で、お金が有り余っていたからそんな馬鹿なことが続いて、大切な資産をどぶに捨てるようなことをしていたと聞き、私もそれは勿体ないことをと思いましたが、ポーランドはご存知のようにずっと貧しい国でしたから、逆に新築を建てたくても建てられず、だから中古住宅を丁寧に大切に使ってきて、それが今になると非常に素晴らしい輝きを放つ住宅になったのだそうですよ。確かに私も見てきて、ぜひ住んでみたくなる魅力的な住宅ばかりでした。日本の逆ですね」
とまあ、そういうお話だったのである。

今年の春、この女性ではないが、やはりオランダ人グループにバスの中で、日本の住宅不動産市場について説明していた際、「日本では住宅を購入して後、売るときはだいたい資産価値が下がって手放します。だから住宅を持つことがバラ色の夢にはなっていません」という話を私がしたら、オランダの人たちは、「え〜、うっそ〜」みたいな感じでびっくりされていた。あまりに大きな驚きのリアクションだったので詳しく聞いてみたら、オランダはアメリカと同じだそうである。中古であれ、住宅をしばらく保有した後に売却する際は、基本的には譲渡益が出るそうだ。あるいは最低でも買った時と同じような価格で売れるとのこと。

その時改めて思った。やっぱり日本は、住宅の資産価値については極めて特殊な国なのである。「新築が良い、新築が良い」とディヴェロッパーは無責任な宣伝を拡販して住宅を売りさばき、それを応援する役人は新築を買うと税金が優遇される制度をしこたまこしらえ続けてきた。それに乗せられて一般庶民は、なけなしのお金をはたいて新築を購入したは良いが、20年もたてば「価値ありません」と言われる。アメリカ人やオランダ人にしてみれば、これは「詐欺」にも等しく聞こえるのであろう。

新築住宅を奨励するよりは、中古住宅を持ち続け改修を継続して住宅の価値を減らさないという、他の国が当たり前のこととしてやってきた住宅不動産市場育成を日本はしなかった。でもって、以前資料を添付して書いたが、40年間の間に新築をどっさり建てては壊して、500兆円の住宅資産価値をどぶに捨てて無くしてきた。

家族が集う、家族が育つことを実現するために、ひとりひとりが夢見て大金を使う住宅、その夢に乗じて、言ってみれば「詐欺と言ってもおかしくないような行為」を働いたのは誰なのか?

新築の住宅も勿論あって良い。でも、「新築こそが買うべき住宅である」などという、無責任な輩が組み立てた神話を信じこんでいる人がいたら、一度日光へ行くことを提案したら良いだろう。

この築105年のJR日光駅を見るも良し、築380年の日光東照宮社殿群を見るも良し、東照宮から歩いて10分、築130年の日光田母沢旧御用邸を見るも良し。それぞれがみな素晴らしい魅力を持った建物を見れば、

「新築に比べ中古はねえ」、などという考えは、何の根も葉もない考えだということに思い当たるだろう。画像

そんなものは、誰かが勝手に小細工した神話でしかないのである。



記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


戦争 (War)

2017/08/22 18:23
図書館で本を借りて読むようになってもう16年になる。予約をネットで行い、準備ができるとメール連絡をもらい、図書館カウンターへ取りにいって書籍と初対面するわけだが、最初に本を見た瞬間にこれほど圧倒された本もそうはない。

「戦争中の暮しの記録」

という本で、暮しの手帖社が昭和44年(1969年)8月15日に発行したものである。私が図書館で借りてきたのは昭和55年(1980年)の第八刷(添付写真)。発行者は大橋鎭子、表紙も装画も編集も、暮しの手帖社だから、当然ながらあの伝説とも言える編集者の花森安治が担当している。

図書館のカウンター越しにひとめ見たときに、「あっ!」と声を上げそうだった。本の姿のみで執念を感じたのである。表紙に描かれた古びて焼け爛れた手帖と鮮やかな紅のバラ。サイズは普通の本よりもっと大きなB5版サイズの分厚さで、まるで写真集を手にとったような重さ。

図書館フロアーで思わずページをめくってみると、焼夷弾投下により燃え上がる街や、翌朝燃え尽きた跡の写真が目にとびこんでくる。その上にクレジットされた説明文たるや、本を見た瞬間に感じた編集者の執念そのものが乗り移った文章となっていた。

そうやって読み始めた100点以上の文章は、全て一般の読者の戦争にまつわる体験談の寄稿文である。寄稿の条件は花森安治が決めたそうだが、「原稿用紙に5枚、平凡な日常に実際に起こったこと、はっきり記憶していることを書いてください」というものだったそうである。そのひとつひとつが実に切実で、ひとつ読むごとに、すぐに次には行けないのである。ひとつ読むごとにその実際の情景が眼に浮かんできて、それを自分の感情が消化するのに一定の時間をおかない限り無理な文章ばかり。戦争は、実に多くの人の幸せを奪っていったことが淡々と書き綴られている。だからひとつ読むごとに、「はぁ〜」とため息をつくばかり。

一般庶民が書く文章とは、こんなにもすごいものなのかとひたすら驚く。借りてきて9日たつのだが、まだ読み終えない。繰り返すが、ひとつひとつの寄稿文が、すべて「切実」に迫ってくる事実の集まりばかりである。

普通だと読んでる本をリュックサックに入れて持ち歩き、電車の中や自由な時間に読むのだが、この本は何せ大きいし重いしで、持ち歩かず家でのみ読んでいる。それでこの一週間は、外出時には別の本を持って歩いているのだが、これが一緒に図書館で借りた

「ナパーム空爆史」


という本。副題に「日本人をもっとも多く殺した兵器」となっていて、アメリカのコロンビア大学の講師ロバート・ニアーが書いたものの翻訳である。

ナパームと言うと、何やらベトナム戦争で使用された爆弾というイメージを持つかもしれないが、太平洋戦争で米軍による空襲で使われた焼夷弾(しょういだん)が、つまりナパームだった。そのナパームが本格的に戦争に投入されたのが、1945年3月9日、東京の下町一体を火の海にした東京大空襲であり、その後、名古屋、大阪等、多くの日本の都市がこのナパーム、焼夷弾で生き地獄を体験することになる。

ナパームが1942年7月4日、ハーバード大学の庭で最初に実験されたことから始まって、どのようにして日本を攻撃する主力爆弾に育っていったかが手に取るようにわかる本なのだが、この本も読んでいくうちに次第にやるせなくなっていく。一体何なのだ、この残虐性は。「勝てば官軍」と言うが、ナパーム弾による都市の焼き尽くし、一般市民の焼き殺しといい、原爆での同様の焼き殺しといい、正気の沙汰ではない。「生きている生身の人間をそのまま焼く」兵器を得意になって開発したのだから。なにかれと屁理屈を持ち出して正当化して使用したはいいが、こんなものはまともな人間なり国が行うことでも何でもない。

あの夜の東京大空襲の推定死者数は警視庁と警視庁消防部の発表でそれぞれ異なるそうだが、前者は124,711名、後者は97,000名となっているそうだ。いずれにせよ、歴史上これほどの数の人命が殺された晩は世界中のどこにもなかったことだけは確かである。

浅草へ外国人をお連れする際には、この史実を折に触れては外国人の方々へ話しているが、隅田川の川面を眺めながら、ほとんどの外国人は私の話にびっくりする。ユダヤ人の大量虐殺は知られていても、東京大空襲による市民の無差別虐殺はほとんど外国人には知られていないのだ。

そんな2冊の本を同時並行で今日も読んでいる。画像


こういう本を2冊も同時に読んでいると、おまけの人生とはいえ、毎日どのようにして生きていったらよいかは自明の答えとして自分の中に判明してくる。

歴史の教科書にはこういう書物を採用すれば十分だと感じる。教科書の中身をいじくって歴史をごまかそうとする輩が最近は多いが、そんな姑息ないいかげんさは、花森安治が渾身の力をもって編集し遺していった、100名を超える一般市民による戦争記録の一冊の前では、いかにも欺瞞の塊であることを自然と露呈するのみだろう。




amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 戦争中の暮しの記録―保存版 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ナパーム空爆史 (ヒストリカル・スタディーズ16) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


偽物ならびにアウトロー (Fake and Outlaw)

2017/06/18 10:41
アメリカへ頻繁に出張していた現役のころ、リッツカールトンホテルに泊まることなどがあると、嬉しい気分になったものだった。インテグリティ研修の本社があるアリゾナ州のフェニックスへ行くと、ホテルは例外なくリッツカールトンであった。リッツカールトンは当時、社員全員にインテグリティ研修を受講させていたという縁もあった。

何かと肩肘張らない良いホテルだった。何が良いといって、ベッドメーキングの女性であれ、電気設備関係のエンジニアであれ、トイレの清掃人であれ、実に自然に声がけをしてくれるホテルだった。ロビーなども小規模で落ち着いていて、絵画などに見入るのも大いなる楽しみであった。今では「ラグジャリーホテルの筆頭格のひとつ」という位置づけにあるようだが、そういう意味での心地よさではなくて、スタッフのほとんどが自然に客を出迎えてくれるという心地よいホテルであった。料金は確かに高かった記憶はあるが、しかし今のようなレベルの高さでは決してなかったと記憶する。

最近も、通訳なりガイドなり研修なり、或いは仕事の打ち合わせなりで都内のいろいろなホテルや他都市の立派なホテルに出入りさせてもらうが、最近は外国人が山ほど日本に来るものだから、当然のことながらホテルの世界では意識が天狗になって、愚にもつかないバブル的なサービスがを出すホテルが増えている。

見てくれはとにかく豪華になっている。東京のミッドタウンにあるリッツカールトン、皇居前にあるペニンスラ、日本橋にあるマンダリン・オリエンタル、赤坂見附のプリンスギャラリー、汐留にあるコンラッド・ヒルトン等、あるいは箱根へ行けば小涌園の上の天悠、京都などへ行けば鴨川添いのリッツカールトンなども、随分と見てくれは豪華である。別の言葉でいうと随分と厚化粧をするようになったということである。建物は超高層が主流で、しかもフロントは1階にはなくて高層階の20階以上だのに位置しているようなホテルが多い。あるいは1階にあるとしても、何だか誰でも平気で入っていけない排他的な雰囲気が漂うように作ってあるものが多い。リッツカールトンの京都などはその典型である。とてもじゃないが平気でロビーなんぞへ入っていけないよ(笑)。こりゃあ住宅で言えば、アメリカによくあるGated Community、つまりは塀で囲った住宅と同じコンセプトで、社会のハイポジションにいる人間のみに開かれたものですよ〜、ってわざわざ発信しているわけである。

「なんだ、こりゃあ!!」と思いながらホテルへ入っていくと、こういう最近の高級ホテルは余計なサービスをするところもあって、こちらがフロントへ向かって歩いて行く途中に検閲でもするかのように、「お客様、ご用件をお伺いいたしますが?」と言ってスタッフが近づいてきたりする。それも外国人で日本語が流暢なスタッフが多いのが面白い。用事がありゃこっちから声かけるから静かに歩かせてよ(笑)。まったくもって余計なお世話(笑)。

そうかと思うと、2か月前に太平洋を望むヒルトン系の豪華リゾートホテルへ行った際に、出先から電話をしたら鳴りっぱなしでいつまで経っても人間が出てこなかった。ちょうど時間があったから、どれくらいならしたら出てくるか待ってやれと思い、スピーカーにして待っていたら、何と10分出なかった(笑)。出先からホテルに帰って理由を尋ねたら、「急病人が出たので救急車を呼びましたので」と言いつつ、「申し訳ありません」と言わないのである。これにはもうびっくり仰天、冗談じゃあねいやと思って大声で押し問答を始め、やっと数分たったところで相手の支配人は「申し訳ありませんでした」と言った。そりゃ急病人が出て交換がてんてこまいしたのであろうから、その事情に共感したいが、それにしても10分鳴りっぱなしだったんだよ。よくよく聞き込みしてみたら、スタッフ数が足りず、機転を利かせて他部門の人間を交換手にすぐ増員するようこともできないホテルだった。
誇張して書いてると思われる方がいるかもしれないけど、これ本当に起きた話。他の高級ホテルでも、なかかな電話に出てもらえないなんてことが結構たびたび起きもするのである。
どこか金属疲労が起きていることは間違いなし。

何とまああほらしいサービスよ、と苦笑してしまう。わかりやすく言えば、こういう高級ホテルは要するに、「押し売り」や「自己都合の居直り」をスタッフに教えるようになったということである。

それやこれやで、はっきり言って今の日本に林立しつつある高級ホテルなるものは、全てを私は見たわけではないが、「サービスが劣化」していることは間違いなし。ホスピタリティーマインドが「押し売り」的なイメージを醸し出し始めるなんぞ、ホスピタリティーとは何かについて的外れの教育しかされていないことは類推できる。でも都内のホテルで古くからやっているところで、決してサービスが劣化していないホテルだってちゃんとあるんよ。例えば今週は新宿のハイアット・リージェンシー・ホテルで4日間仕事をしていたが、実に気持ちの良い接客をするホテルだった。

「ブランディング」なんて言葉もあったりする。つまり、「ブランドイメージを作り出し、それを売っていくことが企業業績を上げる」という風に考える人がたくさんいるらしいが、林立する高級ホテルも自分たちこそ高級なホテルブランドだと思い込んでしまっているんじゃないだろうか。これはバカの極みの発想である。だって考えてみればすぐわかる。

例えば駅近のたい焼き屋の味が格別に良く人気があり、そこにいつも行列ができるとする。一生懸命餡づくりに精を出してきた大将は、ああよかったなあと思い、ますます美味しい餡をつくってお客様に喜んでもらおうと思う。そしてまた客の行列が絶えることがない。ところがそのうちそれを見ていて店を手伝うようになった息子が、
「うちの餡はおいしいのだ。だから行列ができる」と考え始める。そしてこう言い始める。
「うちの餡はおいしいですよ。だからどうぞたくさん買ってください」

何だ、同じことじゃないか、と思った方は大間違い。息子は、「自分の家の餡はおいしい」ということを決めつけてしまった途端から、その餡の味を高めることを忘れてしまうのである。そうやって何故売れるかの本質を見ることから徐々に外れていき道を見失う。

それが世にいう「ブランディング」という発想の落とし穴である。大切なことの主客が逆転する。上記したような有名ホテルのほとんどはこの「ブランディング」という発想に浸かって酔っぱらっているのであろう。こんな不自然さに満ちたサービスじゃ、東京オリンピックが終わった途端に即、空室率が高まって構造不況に入っていくことだろう。ご愁傷様である。

そうやってホテルなりはご愁傷様で閉店していけば済むのだろうが、一方でこの国の政府の「ブランディング」なるものも、破綻直前レベルにまで達している。「美しい国にっぽん」、「アベノミクス」、「一億総活躍社会」、言葉だけ、ブランドだけぶちあげているが、それぞれが何の実効性も持たない政策であることは徐々に裸で見えてきてしまっている。金融緩和政策など、日銀まで加担させて国債の安定化を無理やり図ったつけは、ある日突然破綻するのが見え見えなのに、相変わらず続けると言っている。その一方で日銀の財務状態は公開されず一体どうなっているのかわけがわならない状態。

知ったかぶりをした偽物やアウトローが徘徊し、世の中に不安定の種をどしどし撒いていっている。

やはり日本は、未だに成熟した社会を作り切れない相当レベルの低い国である。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


多様性 (Diversity)

2017/01/03 12:41
あけましておめでとうございます。

昨年は、アルバイトで通訳ガイドを結構な日数勤めさせていただいた。日本を訪問する外国人が突然増えた故の人手不足なのであろう、私のような高齢者(?)にも声がかかるようになり、いろいろな国から来られた方々を何かと楽しくお世話させていただいた。

お世話する相手は30名ぐらいまでの団体であったり、4人連れのご家族であったり、1人で旅行されている方だったり、いろいろあった。それぞれ気を遣う箇所が違うが、団体の場合、私がお世話したのはとある日本の大手代理店が国内旅行手配を担当したオランダ人グループで、これには本国から添乗員さんが付いてきており、その添乗員さん達への気遣いに相当エネルギーを費やした。何でかって?さすがにヨーロッパ人である。自己主張が相当に激しいのである。半端じゃない人が多かった(笑)。

例えばこんな風である。大型観光バスを白川郷からちょっと離れた駐車場へ入れようと、白川郷入口にある交差点を右折したら、「おい、ちょっと待て。ここで下してくれ」と言う。「いや、ここは道路規制で止まれないですよ」と言うと、「そんなことはない。昨年ここで下りた」と言う。それで運転手さんに聞くと、「昨年それはあったかもしれませんが、ここのところのバス事故多発で規制が厳しくなって、ここでお客さんを下して訴えられたら、うちの会社はとんでもない罰を受ける可能性があるから、絶対できません」とのこと。それでバスを駐車場へ向けて動かし続けると、そのオランダ人添乗員が、「勝手なことをなぜするのだ!去年はできたのだから今年もできるはずだ!すぐ止めろ!!」と叫び続けるなんてことがあったりして(笑)。

あるいは箱根のホテル朝食時間でのもめ事。箱根はリゾート地だから、どこのホテルに泊まろうが朝食は7時開始である。ところがこのオランダ人グループの日程表は、午前8時24分に三島駅からこだまで名古屋駅へ向かい、乗り換えて高山へ向かわないといけないようになっているので、箱根のホテルを7時には出ないと間に合わない。それで日本の旅行代理店の方は特例で午前6時30分から朝食レストランを開けるようホテル側に事前に依頼しているのだが、たいがいの添乗員は、「30分で朝食をゆったり食えるわけがないだろう。もっと早く6時に開けさせろ」と私に言うわけである。でもって私は、何とか6時に開けさせたり、あるいはだめでも6時20分には開けさせたりと、ホテル側と粘り強く現場で交渉するしかないということがしょっちゅうだった。

二例を書いたのみだが一事が万事この調子で、いやはやもう(笑)。不思議だったのは、お客さんの方はみんな善い人で(笑)、そんなに自己主張は激しくないのである。そりゃそうだろうなあ、旅を楽しみに来たのだから、いちいち細かいことに目くじらを立てるよりは、のんびりと流れゆく時間を楽しみたいのだから。一方で添乗員の方はそうはいかない。仕事で来日しているのだから、「われわれはお客なのだから」という錦の御旗を掲げての権利主張があらゆる場所で出てくる。その苦情を受け止めないといけないのは、手配をした旅行代理店ではなくて、そこが派遣した私、つまり通訳案内士ということとなる(笑)。

ところがである、私は私でおまけ人生を楽しんで生きているだけのおじさんであるから、いい加減な人間である。若いころからの性癖を踏襲して、「ふざけんな、てめえ!」と怒る部分もあるが、何を言われようが一方で、「へえ、あんたも酔狂な人間だねえ。そこまで言うんだ。ふ〜ん」みたいに冷静に聞いている部分があり、というか、綺麗に言えば余裕があり、「みっともない奴だが、まあ仕方ねえ。何とかしてやろうじゃねいか」ぐらいで対応して、何かと方策を見つけて事前対応し、あんまり添乗員が自己主張をしてこないように工夫した。同じルートを何度か行き来して同じ文句を何度か言われれば、こっちもたいがい何か方策を立てて、未然にそう言わせないように手配することはかなりの部分できるものである。

このオランダ人団体は4月に初めてお世話したが、そんな感じで対応していたからか、10月ぐらいに世話している頃には、本国からの添乗員から逆にあまり自己主張されなくなって、というか事前にそう言いそうな部分を潰してしまうから、そういう勝手な主張を聞けなくなって寂しくなった(笑)。あんた方がぶつくさ言い続けるから、こっちは何かと頭を働かせて対応するのであって、緊張感が無くなっちまうじゃないかい。もっと言ってくれて一向に構わないよ〜ん」といった調子(笑)。

そんな10月のある日、高山のホテル6階の露天風呂から高山の街を見下ろしながら、お互い湯に浸かってオランダ人客の男性1名と話をしていたら、その人が私に、「日本人は礼儀正しく、整然として動き、争いもなく良いですね」といった趣旨の言葉を言ってきた。私はご存じのとおりのへそ曲がりで、そう言われることに非常に違和感があるから、「ありがとうございます。でもねえ、日本人が整然としているというのは、良い面でもありますが、日本人の悪い面でもあるのですよ」と伝えた。「そりゃどういうことですか?」と訊かれるから、「整然としているのは良いが、自分の意見をはっきりと言わずで、悪いことが起きていても黙り込んだままということも多く、悪い人間がいくらでも甘い汁を吸えるようにしてしまう面が日本人の悪いところです。第二次大戦時の日本なんて、その最悪の典型でした。右向けと言われたらみんながみんな右向いちゃうんですよ。だから上にいる馬鹿な指導者どもが調子に乗って悪いことばかりをやったのは否めません。あなた方の添乗員さんのようにあけすけに(笑)、当時全ての日本人があらゆる勝手な意見をリーダーへ向けてこれでもかとばかり自己主張していたら、あの戦争は防げたかもしれません。政府は間違っている、とはっきり言える環境がなぜ無かったのかと思いますよ」なんて答えていた。「日本にはもう少し多様性(diversity)を許容する環境がないとだめです。そういう点では、何かと違った発想、意見が個人主義をベースに主張される西欧は優れていると思いますよ」なんてことも言ったら、そのオランダ人は、「なるほど。でもね、意見の多様性というのも、その中に住んでいると結構疲れるんですよ。私の住むオランダは多民族国家ですから、ありとあらゆる意見の違いが表面に出てくる生活ですし、退職前はニューヨークでも5年間駐在しまして、多民族社会のしんどさをいやというほど経験しましたからねえ。あなたも一度アムステルダムやニューヨークに長期間お住まいになったら、また違った感想を抱かれるという気がします」とのこと。

露天風呂の中で、お互いの考えのエール交換みたいになってしまったのであった(笑)。お釈迦様の教えじゃないが、どこか中庸なるところで落ち着けば良いのだが。

それにしてもである、日本人ももう少し積極的に自己主張して、異なる意見が百花繚乱となった方が良いという気がする。世の中で「正しい」と主張される意見なんぞ、ほとんどのものは「怪しい」ものばかりなのだから、「怪しい」ものははっきりと「怪しい」と言ったほうがよい。

別にすねて言っているわけでも何でもない。全ては「諸行無常」であって「一切皆空」と言うではないか。そこに無理やり、たかだか人間如きが考えついたものを「正しい」などと言って吹聴するやつがいたら、それこそその存在自体が不遜でもっておこがましい存在だと思った方が正解の場合が、昨今の智慧が極度に衰退した世の中ではほとんどである。用心にこしたことなし。

また今年も4月からこのオランダ人の団体はやってくるが、添乗員から何のかのと文句を言われるのが楽しみである。「うるせいなあ」と思うよりは、「じゃあ、こうしません?」と知恵を働かせてやり合うのはゲームのようなものだから。六十台半ばを迎えるおじさんにとっちゃあ、とっても良い頭の体操と今年もなるだろう。文句を言われて感謝である(笑)。


記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


続きを見る

トップへ

月別リンク

誠実営業/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる